※新型コロナが求める社会の在り方

1.新型コロナウィルスへの初動ミスから学ぶもの

 

 現在の最大の関心事は、中国武漢を発源とする新型コロナウイルスによる肺炎の広がりと、その感染対策である。ここまで酷くなったのは、偏に初動ミスである。中国に加え、国際機関のWHOも初動ミスをしている▼感染を抑えるには、早く発見し、拡散範囲を限定し、封じ込める以外にはない。ところが中国では、武漢市の医師がいち早く警鐘を鳴らしたが、公安当局からデマを流したとして訓戒処分を受けている。警鐘時点で検証と対策が打たれていれば、全く違っていたはず▼これは中国の権力独裁体制ゆえに起きた事態である。権力を笠に着た公安当局が、医師の言うことを頭ごなしに否定し、押し付けることが出来ている。権力が絶対視される危うさである▼民主主義の国であれば、全く異なる経過となったであろう。また、安全・安心を国是とする日本では、異なった展開になったに違いない。確かに民主主義は議論に時間が掛かり、国家的な事業を成し遂げるには非効率な一面があるが、基本的な人権と自由が守られるのは、何事にも代えられないことを再確認させられる▼かたやWHOの初動ミスは、国際機関がその機能を失いつつあることと関連しているのではないか。国際機関の役職員が、国の数が多い開発途上国から選ばれ、判断基準が歪んでいる。特に今回は、事務局長が中国から多額の援助を受けているエチオピアであり、中国への忖度が原因と言われている。緊急事態の宣言を見送った際、中国の感染対策を称賛する発言等に如実に表れている。先進各国はWHOの宣言を待つまでもなく、自らの判断で対策を行っている。IT化により詳しい情報が即座に得られ、国際機関のガバナンスの問題もあり、国際機関の存在意義が薄れつつある▼以上のように、今回の新型コロナウイルス感染問題はケーススタディとして、国の形、社会の在り方や国際機関の役割を問い直す、又とない良い機会となっている。

2.緊急事態宣言と年金・健保

 世界を震撼させている新型コロナウイルス感染に、唯一耐えていたように見えた我が国も、遂に緊急事態宣言が発令された。状況は刻一刻と変わり、先が見通せない中、感染対策のため、ステイホームが求められ、生存に必要な社会経済活動・システム以外は、無用の長物化する。この事態の年金・健保への影響と果たすべき役割等について一考する▼社会経済活動の停止により収入の断たれる事業主、労働者への所得補償対策が最重要の難題になっている。ところが、年金受給者が話題に上ることはない。国民皆年金のお蔭で、65歳以上の国民への所得補償が不要であることは、社会の安定にとって、隠れてはいるが大きな福音である▼その一方で、今後の年金制度の安定には、危惧が残されることになる。その第一は株等の証券の下落による、年金資金の評価損と利回りの低下である。第二に、所得補償の一環としての保険料の延納と標準報酬の低下による保険料収入減がある。それに加え、新型コロナウイルスを契機とした世界的な経済社会システムの再構築がどのようになるか予断を許さない▼ウイルス感染と健保の関係はより直接的である。外国の急激な感染爆発を見るにつけ、この難局を支えるベースとなっているのが国民皆保険であることは論を待たない。しかし、対策の過程で、医療保険分野のIT化の遅滞が、支障となっていることが明るみになってきた▼医療機関での感染を避けるためのオンライン診療システムが遅れており、また個人ごとの受診経歴の電子データが整備されていない。そのため感染症の適切な受診コントロールが出来ない。その前提となる個人データのKEYである個人番号(マイナンバー)の導入が進んでいない。今回の一世帯二枚というマスク配布も、個人番号が使われていれば、保険給付として、調剤薬局で一人一枚の公平な配布が出来たであろう。ウイルス感染問題を機にIT後進国からの脱皮が求められている。

3.補正予算はMMT?

 新型コロナウイルス対応の第二次補正予算が成立した。その額は第一次補正予算と同程度であり、一、二次を合計すると、事業規模は230兆円であるという。本予算は約100兆円であるから、その2倍を超える▼そんなことがあるのかと、調べてみると、真水といわれる国の財政支出額は本予算で76兆円(国債費除く)、補正一次が26兆円、二次が32兆円、補正合計で58兆円、本予算の3/4を占める。予算が一気に二倍弱になり、補正予算全額を国債で賄うのである。そんな借金まみれの財政運営は、将来世代への負担を増やし、許されないのではないか▼ところが現代貨幣理論(MMT)は、「自国の通貨を持つ国家は債務返済に充てるお金を際限なく発行でき、政府債務や財政赤字で破綻することはない」という。国債を日銀が全部買い、永久に日銀が持ち続ければ、政府は1円の負担もせず、増税もせずに財政資金を手にするというのである。そんなことをすれば、お金が溢れ返ってインフレになるとの論理で、禁じられていた▼その定説を覆したのがアベノミックスである。日銀は第二次安倍政権発足以来、60兆円も国債保有を増やしたが、インフレは起きていない。節度を持った国債発行に留まっていたからであろう。しかし、各国が健全財政を維持すれば、野放図な国債発行は、いずれ破綻するのは必定である▼第二次補正予算は、その萌芽が見える。思いつくことには、何にでも予算化している。中でも事業継続のための持続化給付金に加えて支給される家賃支援給付金は、一考を要す。家賃補助は、借主を通じて家主の不労所得を保証することになる。みんなが負担を分け合うべきこの時に、まず、資産保有者である家主に相応の負担を求めるべきである▼この緊急事態下においては、苦しい日々の生活を余儀なくされている人へ、選択的に予算を配分するという節度のある方針を厳守しなければならない。

4.ウィズコロナ時代と年金

 新型コロナ感染の第2波が発生している中で、GOTOキャンペーンがスタートし、感染抑制と経済活性化の狭間で、日本社会が混迷の度を深めている。それを象徴するのが、ウイズコロナ時代という言葉である。コロナウイルスを撲滅することは出来ないという見方が大勢になり、共存するしかないと認識し、生まれた造語である▼すでにウイズコロナの時代に入っているが、その中で、公的年金制度が社会を安定させる大きな役割を果たしている。NHKの世論調査で、緊急事態宣言や自粛要請が続く中で、家庭の収入の変化を聞いているが、変わらないが約7割を占めている。マスコミの報道からは、減ったのが半分以上かと思いきや、意外な結果である。そこには、年金を受給している高齢者世帯が全世帯の3割を占めていることが影響しているに違いない▼一方、年金制度は、ウイズコロナによる経済社会の変動によりどのような影響を受けるのであろうか。誰にもコロナ感染状況が見通せない中ではあるが、仮説を立てて予測してみよう▼まず、1,2年後にインフルエンザと同様な病気として治まるという仮説である。人類の歴史からの楽観的な予想・願望である。この場合には、超長期で設計されている年金制度にとっては、影響は限定的であり、現制度は持続可能であろう▼二つ目は新型コロナと同様な新感染症が十数年毎に発生するという仮説である。最近の新感染症の発生状況を踏まえて、この説を唱える人が多い。この場合には、周期的に経済社会の収斂が発生し、それに対応するため、現在よりも縮小された、内需中心の経済社会システムへの変化が起こるであろう。その結果、雇用者数の減少、標準報酬が低下し、年金給付を賄う原資が不足するので、給付水準の切り下げが必要になろう▼三つめは変異しやすい新型コロナウイルスが、蔓延し続けるという仮説である。この場合は、年金制度以前の、人類・世界経済の行へにかかわる事態であり、考察の対象外である。